家族信託とは何か【デメリットも含めてわかりやすく解説】
「父は現在一人暮らしで、最近になって軽い認知症が疑われるような状態です。今はまだ介護が必要な状態ではないですが将来介護が必要になった場合、父も私たち家族も、父の財産から父の介護費用を捻出したいと思っています。しかし重度の認知症になると財産が凍結されてしまうけど、家族信託という制度を利用すれば解決できると聞きました。家族信託のことについて教えてもらえますか?」
大阪の司法書士・行政書士の田渕です。こういった疑問にお答えします。
この記事では、司法書士が家族信託について解説します。
目次
家族信託とは何か【デメリットも含めてわかりやすく解説】
家族信託(民事信託ともいいます)とは、財産管理と財産承継のための制度です。
くわしく見てみましょう。
家族信託とは1 財産管理
家族信託の目的の一つとして、財産管理があります。
信頼できる家族に財産の管理を託して、その人に財産を管理してもらいます。
信頼した人に託すので、信託といいます。
重度の認知症になってしまうと、預金の引き出しや不動産などの資産の売却が難しくなってしまいます。
そこで判断能力が充分なうちに、家族に財産の管理を任せておけば、認知症になってからも財産の処分をすることができます。
たとえば、「自分が認知症などで老人ホームに入居することになったら、この財産の中から入居費用を払ってほしい」などと信頼できる家族に頼むことができます。
家族信託とは2 財産承継
家族信託のもう一つの目的が、財産承継です。
自分が亡くなった後に、自分の財産を、誰にどのように承継させるか決めることができます。
財産の承継方法を決めるのは遺言でもすることができますが、遺言と異なるのは、家族信託では最初に承継させた人が亡くなった後に、次に誰に承継させるか決めることができます。
これを受益者連続信託といいます。
たとえば長男に子どもがおらず長女には子どもがいる場合に、先祖代々の土地をまず長男に承継させて、長男が亡くなった後は長女の子どもである孫に承継させるといったことも家族信託なら可能です。
遺言の場合は、長男に土地を相続させることは指定できますが、長男が亡くなった後の財産の行く先までは指定することはできません。
長男が亡くなった後に、長女の子どもが土地を承継するためには、長男が遺言で長女の子どもに承継させる必要があり、そうしないと長男が亡くなった後、土地の権利の大部分は長男の配偶者に移転してしまいます。
このように、財産を承継する人を何代か先まで決めておけるのが家族信託の特徴です。
家族信託の当事者
信託の登場人物には、主に次の3人がいます。
・委託者(いたくしゃ)
・受託者(じゅたくしゃ)
・受益者(じゅえきしゃ)
家族信託の当事者1 委託者
委託者は、財産の所有者、名義人です。
家族信託の当事者2 受託者
受託者は、本人に代わって財産を管理する人です。
家族信託の当事者3 受益者
受益者は、信託された財産の恩恵を受ける人です。受益者は、複数いる場合もあります。
たとえば「自分が認知症などで財産を管理できなくなった場合には、障害がある次男のために信託財産を使ってほしい」と長男に頼むケースでは、頼んだ人が委託者、頼まれた長男が受託者、障害がある次男が受益者です。
もっとも、委託者と受益者は同一人物になる場合が多いです。
たとえば、「自分が認知症などで老人ホームに入居することになったら、この財産の中から入居費用を払ってほしい」と頼む場合は、頼んだ人が委託者兼受益者で、頼まれた人が受託者です。
家族信託は、どのような場合に有効?
家族信託は、主に認知症対策に使われています。
重度の認知症にかかってしまうと、不動産などの財産の処分を行うことが難しくなります。
なので、相続税対策として不動産を購入したり、相続人に贈与したりするが難しくなってしまいます。
財産を処分するには、所有者の処分する意思が必要になりますが、重度の認知症になって意思能力が失われると、意思がないので、処分することができません。
そこで判断能力がしっかりしている間に、信託契約をして、受託者に財産管理を任せていれば、受託者が財産の処分を行うことができます。
認知症になった場合、成年後見制度や任意後見制度を利用するという方法もあります。
後見人とは、認知症や知的障害などで判断能力が充分ではない方に代わって財産を管理する人のことです。
成年後見(法定後見)と任意後見の違いは、本人の判断能力が無くなってから裁判所が成年後見人(法定後見人)選任するのに対し、任意後見人は判断能力がしっかりしている間にあらかじめ任意後見人を指名しておくというものです。
後見人をつけると、後見人が代理人として本人の財産を処分することができます。
ただし、後見制度の場合、次のようなデメリットがあります。
・裁判所に後見人を選任してもらえるまで、数カ月かかる
・財産の処分に制限がかかる
(財産を積極的に運用していくことができない)
裁判所に後見人を選任してもらえるまで、数カ月かかります。
任意後見の場合は、あらかじめ任意後見人を指名しておきますが、任意後見人を監督する後見監督人という人を選任する必要があり、後見監督人を選任するのに、やはり時間がかかってしまいます。
財産の処分の制限ですが、成年後見の場合、居住用不動産の処分には、家庭裁判所の許可が必要とされています(民法859条の3)。
許可をもらえるまで時間がかかってしまうので、自宅を売却して、施設の入居費用に充てようと思っていても、売却できるまで入居費用が捻出できずに、入居手続きをすすめることができないなどの状況になってしまう可能性があります。
また、後見制度では、基本的には本人の財産は本人のためにしか使えません。
たとえ判断能力が無くなる前に、財産を家族のために使いたいと思っていたとしても、基本的には後見人は本人の財産を本人のためにしか使えないのです。
後見制度については、こちらに詳しくまとめています。
・関連記事 成年後見人とは?司法書士がわかりやすく解説【毎月の費用は?】
・関連記事 任意後見制度とは何か【成年後見制度との違い】
家族信託では、自宅を売却するのに裁判所の許可などは必要ありませんし、本人のためだけでなく、配偶者や子ども、孫などの家族のためにも財産を使うことができます。
認知症になると、できなくなること
認知症になって判断能力が無くなると、たとえば次のようなことを行うのが難しくなります。
・不動産などの売却
・銀行預金の引き出し
・相続税対策
認知症になると、できなくなること1 不動産などの売却
認知症で判断能力が失われると、不動産などの財産の売却を行うのは、大変難しくなります。
財産の中でも不動産については、特に処分するのが難しいです。
不動産を売却すると、登記手続きが必要になります。
登記はたいてい司法書士が代理人となって手続きを行いますが、司法書士は特に当事者の意思能力に気を付けています。
売主が、認知症などで判断能力がない方である場合、まともな司法書士であれば、契約は不可能だと判断して、登記手続きを代理することはありません。
なので、介護が必要になったら自宅を売却して施設の入居費用にあてようと思っていても、認知症になってしまうと売却するのが難しくなってしまいます。
そうなると、成年後見人をつけるしかなくなってしまいます。
判断能力がしっかりしている間に、自宅を処分しておくというのもひとつの方法だと思います。
しかし自分が元気なうちは自宅に住み続けたいが、介護が必要になったら自宅を売却して、介護施設に入居したいという場合は、家族信託も検討してみてください。
認知症になると、できなくなること2 銀行預金の引き出し
銀行預金の名義人が認知症などで判断能力がないということが判明すると、本人が管理できないということで、多くの金融機関は口座を凍結してしまいます。
そうなる前に、何らかの対策をしておく必要があります。
認知症になると、できなくなること3 相続税対策
認知症で判断能力が無くなると、相続税対策をするのが難しくなります。
相続税対策では、次のような手法がよく行われます。
・暦年贈与
・不動産の購入
・生命保険の非課税を活用
こういった行為を行うには、本人の意思能力がしっかりしていないといけないので、認知症で判断能力が無くなると、相続税対策ができません。
以上が、認知症になって判断能力が無くなるとできなくなることです。
認知症を発症されてから、亡くなるまで平均8年といわれています。
その間、ずっと財産が凍結されたままだと困ってしまいますよね。
そうならないように、判断能力がしっかりしている間に、なんとか対策をたてておく必要があります。
亡くなった後の財産であれば、遺言書で決めることができますが、遺言では生前の財産管理について決めておくことができません。
家族信託では、だれがどのように財産を管理していくのかを決めておくことができます。
家族信託のメリット・デメリット
家族信託のメリット・デメリットは次の通りです。
家族信託のメリット
・受託者が、柔軟に財産を運用することができる
・財産承継の方法を、詳細に決めることができる
家族信託のメリットについては、先に述べた通りです。
家族信託のデメリットは次の通りです。
家族信託のデメリット
・費用が多額
・信頼できる受託者を見つける必要がある
家族信託は非常に複雑な制度で、それぞれのケースによってオーダーメイドで信託契約書を作っていくので、自分たちだけで信託契約を締結するのは現実的ではなく、司法書士などの専門家に依頼するのが一般的です。
専門家に依頼する場合は専門家に対する報酬が発生しますが、遺言などと比較して非常に高額です。
各事務所によって報酬は異なりますが、財産額によっては100万円以上かかってしまうこともあります。
また家族信託を利用するためには、親族の中に適切な受託者がいないといけません。
親族に適任者がいない場合、信託の相談をした司法書士などの士業に受託者になってもらいたいと思われるかもしれませんが、司法書士などの士業が受託者になることは信託業法に違反してしまいます。
家族信託は、どのような方向きか
家族信託は、主に次のような方向けです。
・不動産の活用や相続税対策が必要な方
・自宅の建て替えや売却が必要な方
信託契約を締結するのに、それなりの費用がかかってしまうことから、それなりの資産がある方向けといえます。
家族信託の流れ
それでは、実際に家族信託制度を利用する場合の流れを見てみましょう。
家族信託制度を利用する場合の流れは、おおむね次の通りです。
専門家への相談
↓
金融機関との交渉
↓
信託契約書の作成
↓
信託契約書を公正証書とする
くわしく解説します。
家族信託の流れ1 専門家への相談
まずは専門家に相談するところからはじめます。
家族信託は当事者に合わせてオーダーメイドで作成することにより、様々な希望を叶えることができます。
しかし複雑な制度でもありますので、ご本人やご家族がどのようなことを希望されているかを聞き取るためにも、丁寧に打ち合わせを行うことが重要です。
専門家の中でも、いちばん信託のサポートをしているのは司法書士なのですが、複雑な信託の場合、税金について十分に注意する必要があるので、税理士とも相談する必要があります。
もっとも、信託を専門にしている司法書士であれば、信託税制にくわしい税理士と連携しているはずです。
家族信託の流れ2 金融機関との交渉
信託財産は、受託者個人の財産とは分別して管理する必要があります。
そうしておかないと、万が一、受託者が多重債務を負ってしまった場合、債権者から信託財産が差し押さえられてしまう危険性があるためです。
そのため信託財産を預けるための「信託口座」という信託専用の口座を作る必要があります。
しかし家族信託は新しい制度であるため、金融機関の方で家族信託に対応しておらず、信託口座の開設を申し込んでも、断られることがあります。
そこで専門家が金融機関に対して、信託口座の必要性を説明して、口座を開設してもらえるよう交渉しないといけません。
家族信託の流れ3 信託契約書の作成
信託契約書を作成します。
受託者がどのように信託財産を管理するのかについては、信託契約書で定めます。
たとえば、先祖代々の土地を引き継いでおり、その土地は売ってほしくない場合、信託契約書に「先祖代々の土地は売ってはいけない」と記載しておくことができます。
家族信託の流れ4 信託契約書を公正証書とする
信託契約書は、任意後見と異なり、必ずしも公正証書で作成する必要はありません。
ただし、銀行で信託口口座を開設するなど、金融機関が関係するケースでは公正証書で作成する必要があります。
金融機関から、信託契約書を公正証書で作成するよう求められることが多いためです。
後になって、ほかの親族から信託契約を締結した当時本人に意思能力がなかったなどと主張されてトラブルに発展してしまうことを金融機関は嫌がるため、紛争防止のために公正証書で作成することを求められるのです。
また自己信託(信託宣言)という、委託者が受託者となってする信託についても公正証書で作成する必要があります。
家族信託の注意点
家族信託には注意点があります。
受託者がいなくなった場合、1年以内に後任がいないと信託が終了してしまいます。
受託者と受益者が1年以上同一人物である状態が続くと信託は終了するとされているからです。
たとえば長男に子どもがおらず長女には子どもがいる場合に、長男を受託者にして財産を信託して、ご本人が亡くなった後はまず長男に財産(受益権)を承継させて、長男が亡くなった後は、長女の子どもである孫に承継させる家族信託をしようとしているとします。
この場合に受託者を長男だけにしていると、ご本人が亡くなって長男が財産(受益権)を承継した時点から1年で信託は終了してしまいます。
そうならないように長男が受益権を取得した後は、受託者を孫(長女の子ども)に変更するといった対策が必要になります。
まとめ
以上、家族信託について解説しました。
家族信託は、柔軟に財産管理や財産承継を行うことができますが、事前に家族内で相談して、家族全員が納得しておかないと、後々トラブルに発展してしまう危険性があります。
信頼できる専門家とよく相談しながら進めていく必要があります。
大阪府近辺であれば、当事務所でも承っておりますので、お気軽にご相談ください。
それでは、今回はこの辺で。
ここまでお読みいただきありがとうございました。